2ちゃんねる論ふたたび
まずは身近な環境の事から。
実は妹も2ちゃんねらーなんだが、どうも私と見ている板が全然違うのである。
私はどちらかというと、ネットwatch板やら殺伐とした環境の板を好んで歩く。
いわゆる「ネット晒し挙げ祭り」に参加するのが楽しい人格の捻じ曲がった人間である。(性分だからしょうがない)
しかし、妹はほのぼの板やら馴れ合いの整った穏やかな板を中心に活躍している。
最近までやっていた「板別人気トーナメント」みたいな明るめのお祭りに参加している。
そしてそれをふーんと温かく見ている私がいる。
前回と大きく変わってきたのは、規模の拡大に伴い2ちゃんねらーの定義がむずかしくなってきたということである。例えれば援助交際の層が拡大して、普通の女の子でもやっている、そんな印象を受けるのだ。これの要因には、板やAAが色々と多様化し、今までは少なかったはずの女性層や若者層をうまく取り込んできたのと、やはりブロードバンドの普及が大きいと思う。
ただし、あくまで「文字のコミュニケーション」。ネタかどうかの判断が出来ないものにとっては扱いにくいコンテンツであろう。実際、未だに「2ch=怖い」の構造の考えを持っているものも少なくない。
それでも、エキセントリックでない層も取り込んで、どんどん2chワールドは広がっている。近年ではログを元にした恋愛ドラマがメディアミックスされるなど活躍も目覚ましい。
しかし一方で、私のような負の感情のはけ口としてアンダーグラウンド的な使われ方も一勢力として存在する。これを否定するものもいようが、人間が純潔でない存在である以上この手の世界は必要悪として存在する必要がある。
ただ勘違いしないで欲しいのは、2ちゃんねるで革命は出来ないという確信である。一つには、匿名性(IPはとっているだろうが簡単にはわからない)からくる責任の回避能力により、中心人物がいないということである。もし、コテハンなど名乗って煽動しようものなら、「無名の名無しさん」たちに相対化されて転落してしまう。どんな立派な作家が書いたところで、ここはあくまで便所の落書きにすぎないのだ。それを忘れたものは大きなしっぺ返しを食らう。
一番いいのは、ROMしつづけていいものをいいものをこじきの如く漁る、こんなスタンスで私は渡り歩いている。それも一つの楽しみである。

nagisanの記録



