強い人は自殺し、弱い人は依存していく
審問も急展開で動転してますが、多分大丈夫でしょう。
テロ日記も最終100前後でおさまるかな?と予測です。
これくらいなら追えるな。
あ、タイトルは元ドリカムの西川容疑者逮捕のミクシ日記にあったものから。
意思の強い人ほど、簡単に死ねるとか。
そういえば、よく考えて見ればそうかもしんないね…
なんかあれば追加するかもしれないけど、今の所こんな所で。
2006年2月26日
2006年2月25日
2006年2月24日
2006年2月17日

2006年2月16日
2006年2月15日
2006年2月13日
2006年2月 6日
2006年2月 4日
最近、「ここさぼってるんじゃないの」の突込みどおりサボってます。だって、目が痛くてパソコンの前に立てないんだもん。
そんな愚痴はおいといて今回はキャラクター小説の作り方(著・大塚英志 講談社現代新書)から目からうろこネタを拾ってきたので。
最近、漫画見ててどうしても思うのは「この世界観誰が楽しむの?」みたいな自己陶酔型の漫画が多いなということ。これは作者に何らかの主張がある青年誌ならまだいいのだけど、少年誌だとちとつらい。いくら作者がかっこいい台詞やキャラを作っても、そこに読者が入り込めなかったらコミケの同人誌に成り下がってしまう。
そこで一つ心に刻んで欲しいのが、「テーブルトークロールプレイゲーム(TRPG)」。これはかつての名作小説「ロードス島戦記」のもとともなっている。この小説はたくさんのプレーヤーの楽しい談義の中から生まれた物語なのである。この物語でどんなにキャラクターが生き生きと描写されているかは読んで欲しいところだが、その源泉は「ゲーム世界観の中に楽しんでいる」所から生まれている事を気にとめて欲しい。
大塚は原作者の活動の中でTRPGの重要性に気付き、この本の元となった「ジュニア小説(ラノベとか)小説家養成講座」で「TRPGはゲームでない、創作だ」と強調している。TRPGは三つの立場がある。
一つは世界観やルールを創作する「ゲームデザイナー」。
世界観やルールを管理し、プレイヤーとの架橋的役目を果たす「ゲームマスター(GM)」。
実際にゲーム世界でプレイし楽しむ「プレーヤー」。
この三つのうちどれかが欠けても、魅力的なゲームとはなり得ない。
大塚がとくに強調するのは「GM」、つまり、ゲームマスターの役割的視点を持つ事である。どうやって世界観を生かした「見せ方」をするか、プレーヤー(この場合だと読者になる)を楽しませる情報提供やルールを「提供する」かの管理能力が、実際に物語を面白くするのかの重要要因になるのだと主張するのである。いくら、たくさんの設定があってもその設定に魅力がなければ読者は食いついて行かない。最近の新人の漫画で気になるのは、設定や台詞回し(これもあるいみの決り文句…設定にすぎないだろう)に気をとられすぎるあまり、見せる管理能力に欠けているものが多く見られることである。その世界観に読者が「遊んでくれない」とその物語は「死んでしまう」。それを忘れてしまって、からっぽの世界で作られた漫画の以下に多い事か。
もういちど、漫画を「管理する」ことを考え直す必要があるのかもしれない。
2006年2月 3日

2006年2月 2日


2006年2月 1日
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