
昔、ビートたけしさんが、某テレビ番組で勉強なんて役に立たないと言う高校生に、「勉強を教科の範囲内としてしか とらえられないなら相当頭悪いよ。哲学や論理的思考を養って人生を楽しむ応用が利くように、あえて国語や数学って形でパッケージして教えてるんだよ。 それを理解しようとせずに、中身を知ろうとせずに袋詰めのまま『役に立たない』ってゴミ箱に捨てちゃうなら、そりゃ時間の無駄だし人生の無駄だよ。」と言ったのだそうだが、これが勉強の意味なんだろうと思う。
今日も懸命に生きた 2007/08/20
http://d.hatena.ne.jp/RiceCake/20050820#p2
ああ、これ「うちの学校いっても何の将来の価値もないじゃん」とのたまううちの甥っ子に聞かせてやりたいなー
論理的思考とかって結構中学校の教科書にあるのになー
なんで、くだんねぇバイオハザードとかひぐらしとかにはまるんかねー
刺激物ばっかり食ってると精神的にデブになるでw
そんな、最近おばさんの領域に入りつつある私です。こんばんは
そーいや本日は久しぶりのまともな休みなので、延々とネット文献を読み漁ったり、たまった本を消化したり、妹に頼まれたmp3編集をしたりしてます。
好きな事やってるので割と充実はしてるのですが、これやってると時間が思いっきり早く過ぎていきます。あー、気分はサザエさんの時間帯だよー!
ところで、最近ちまちまと考える事が一つ。
「がんばりすぎる、ってのは実はいいことじゃないんだな」という実感。
そして、「辞めてしまった人」というのは、僕からみると二極化しているように感じられました。
ひとつめのタイプは、「もともと向いていなかった人」。とにかく、なにかを強制されたり拘束されたりするのが嫌いだとか、体力的についていけなかったりとか(いや、僕はすべての職業にまず必要な能力は『体力』と『気力』だと思うんですよ)、こう言ってはなんですが「なんで医者になろうと思ったんだ……」と、ダメ医者の僕でも呆れてしまうような人。まあ、正直このタイプの人は、辞めてしまうのもしょうがないのかな、と。むしろ、大学とか研修なんていうのは、こういう人たちに、早いうちに引導を渡すためのシステムなのかもしれません。
そして、もうひとつのタイプは、「がんばりすぎてしまう人」。
彼らの多くはすごく能力もやる気もあります。そして、妥協を許しません。しかしながら、病院という職場は、やる気があればあるほど、仕事をすればするほど、かえって「こいつは使える」ということで、仕事が増えてしまう傾向があります。そして彼らは、ある日突然、破裂します。
いやしのつえ 「自殺してしまった23歳教諭の苦悩」と「先生として生き延びる」ということ
http://www5f.biglobe.ne.jp/~iyatsue/
やる気をもとに、物事をやるモチベーションを維持し日々なんとか生きてるわけなんですが、最近、「頑張りすぎて、ゲージが振切れてぶっ壊れた」って話を聞くと、どっかでセーブするのも頭のよさの要因だなと思えるようになりました。
というか、セーブが効かすようにペース配分するのも教育なんだと当たり前の事に気づいたり。
しかし、どうペース配分すればよりよい結果が得られるのかは非常に難しい問題です。
こういってはなんですが、私自身もうすらうすら「溺れるものは無能とみなして見捨てる」という傾向を持ってるのですが、これが強すぎるのもいかんな、と思ったり。
たとえば、どうしても出来ないひとを「この仕事向いてないんじゃないの」と批判したり(これはもう罵倒の領域ですが)、仕事をわざと多めにふったりするときがあります。これは「オイラの時はこの辺は乗り越えたんだから、多分乗り越えれば一人前になるだろう」というもくろみがあったりします。
これは、ちょっと間違えると時津風部屋になり人が死んじゃうわけですが、そのへんは、定期的に様子を見て加減を調整する事で現在はフォローしてます。
しかし、最近はなんかその限界がとことん超えられる人とまったくだめな人と両極端になってる気がします。
多分時間をかければもう少し変わるのでしょうが、短期間で乗り超えられる人とできないひとの評価の差がちと大きくなってしまってる感があります。だから、できない人はどんどん「2日で辞めた」「1週間で辞めた」職歴がとどめもなく多くなるだけで社会的スキルが身につかないって悪循環を起こしてしまってます。
ある意味このひとたちもがんばってはいるといえばがんばっちゃいるのですが、多分「評価されないプレッシャー」に負けてしまってると思うんですよ。ちょっとダメ感を感じさせると0点を取ったかのように落ち込んで会社にこなくなる。
現在の職場は結構ゆるいほうなんですが、それでもすぐやめちゃう人はいます。
たぶん、こういう人たちは「どこかで全面的に自分を受け入れてくれる楽園のような」会社があるのだと夢見てるのかな。それか、「この世は全部悪!俺の居場所はない!」とひねくれてるか。
割とこういう人の楽園の定義を探って見ると、結構上司的にヘロヘロする楽観性にあきれはてます。
要約すると「そんな会社ねぇよ!」みたいな。そんな会社ならオイラも就職してぇよ。
その辺をうまくコントロールするのがおいらの立場だったり。
そんな、微妙なストレスから開放されてるから、今日元気なのかもしれません。