2008年3月 7日
2008年1月17日
1994年のNewtype
今日は諸事情で遅れに遅れていた大掃除を実行した。
ああ、流石若い時はスクラップのレベルが高いわ。
で、結構きになったのが、確かNewtype10周年の付録でこの先のアニメ業界はどうなるのかという硬派な付録。昔のNewtypeは硬派だったんだよなあ...エヴァ直前(1994年)の低迷状態に意見をのばるって感じですね。
多くのコメンターは次回作とリンクした発言をしてたんだけど、宮崎駿とゆうきまさみは全体を俯瞰して見てたのが印象に残っててスクラップしたわけですよ。
特にオイラ的に目を引いたのが、「ちょっとの流通の流れにおたおたするな。時代によって流通の形態の変化はあるから、浮き沈みに右往左往するな」てのと、「映画は空間と時間をつくることです。しかし、その空間が実に貧しい。世界が奥深い広大なものだと言う謙虚さがない」ってやつ。
なんで、宮崎作品というのが魅力的なのかの一端が見出せるのと、最近のアニメ、いや映像作品の弱点をばっさりといわれちまったような、ああ、勉強不足だなと頭をたれるばかりです。
ゆうきまさみさんのほうは、「他人のやってることは知らん」的スタンスの問題を投げかけてます。これも今はもっとひどくなってるような。なんつーか「アニメの同人化」というか、「好きでやってるからいいじゃん」って感じが最近やけにもにょるだよね。
まあ、オイラ自身もアニメに本気出すにはどうなんだろうって領域に来てるのであんまり口だしてもしょうがないのですが。
(2/22 何か写真が消えてたのでアップしなおし)
2007年3月15日
ダメ人間たちの帝国
休みになるたび、がたっと体調が崩れる日々が続いてます。
これは身体鍛えなくちゃいけないかなと思ってはいるのですが…
ところで2ch経由で面白いネタを拾ってきたので引用。
439 名前:ドラえもん作者が一番だよ[] 投稿日:2007/02/12(月) 16:26:01 ID:3PbNgZkP0手塚治虫『人間関係が希薄な人は漫画は描けない。漫画とは読者との会話だからだ』
宮崎駿『ロクに人生経験も無いオタクを雇うつもりはない。火を表現するには火に触れないと駄目だ』
庵野秀明『アニメ・漫画に依存するのは止めて外に出て欲しい。あれはただの絵だ』
富野由悠季『オタクは日常会話が出来ない。アニメ作るならアニメ見るな』藤子・F・不二雄『よく「漫画家になりたいなら漫画以外の遊びや恋愛に興じろ」だとか
「人並の人生経験に乏しい人は物書きには向いていない」だとか言われますが、
私の持っている漫画観は全く逆です。
人はゼロからストーリーを作ろうとする時に「思い出の冷蔵庫」を開けてしまう。
自分が人生で経験して、「冷蔵保存」しているものを漫画として消化しようとするのです。
それを由(よし)とする人もいますが、私はそれを創造行為の終着駅だと考えています。
家の冷蔵庫を開けてご覧なさい。ロブスターがありますか?多種多様なハーブ類がありますか?
近所のスーパーで買ってきた肉、野菜、チーズ、牛乳・・・
どの家の冷蔵庫も然して変わりません。
多くの『人並に人生を送った漫画家達』は
「でも、折角あるんだし勿体無い・・・」とそれらの食材で賄おうします。
思い出を引っ張り出して出来上がった料理は大抵がありふれた学校生活を舞台にした料理です。
しかし、退屈で鬱積した人生を送ってきた漫画家は違う。
人生経験自体が希薄で記憶を掘り出してもネタが無い。思い出の冷蔵庫に何も入ってない。
必然的に他所から食材を仕入れてくる羽目になる。
漫画制作でいうなら「資料収集/取材」ですね。
全てはそこから始まる。
その気になればロブスターどころじゃなく、世界各国を回って食材を仕入れる事も出来る。
つまり、漫画を体験ではなく緻密な取材に基づいて描こうとする。
ここから可能性は無限に広がるのです。私はそういう人が描いた漫画を支持したい。
卒なくこなす「人間優等生」よりも、殻に閉じこもってる落ちこぼれの漫画を読みたい。』
これ見てて最近の漫画やオタクメディアがなんで閉塞的なのかが見えてきたんですね。実は。
実は、創造するにはたくさんの資料や情報と格闘して行く必要があるんですが、最近のオタクメディアってのは、過去のオタクデータ(自分のふぇばりっと)と自分の体験をサンプリングしてやっとこさ、ってイメージがするんですよね。
これに関しては、藤子Fさんでなくとも他のクリエイターも理解している。
だからこそみんなそこに苛立ちなんでしょうけど。
問題は「「人間優等生」」至上主義の落とし穴に藤子Fさんくらいしか気づいてないってこと。
つーか、大御所クリエイターでなくとも、普通「人間優等生」のほうが扱いやすいからそうじゃない人間に批判的にはなるんですが、藤子Fさんはそうじゃない。
「落ちこぼれでもいいじゃないか、落ちこぼれでもやり方次第で道は開かれるわけだから、まずはきっちり調べて自分の世界を確立してから書いてみなよ」
とやり方の諮詢を示した上で励ましてくれるわけです。
これができるひとって、今じゃ早々いないと思いますね、いや本当に。
つまり、何がいいたいかと言うと、「経験ないひとはものをつくれない」と断じるのは早計で、実は閉塞感を加速度上げてるに過ぎないってことに気づいて欲しいなあ…って。
経験がモノ作りに反映できるのなら、壮絶な人生を送ってきた人が一番面白いモノを作れると言う理屈になるわけですがそうじゃないでしょ?ま、面白い場合も多いんですが。
なによりも、「経験がない>モノつくりの世界によってくるな!」みたいな拒絶感が個人的にどうなんだろうと。(たとえ、その類の経験で嫌な体験があった、としてもだ)
経験がないならきちんと教えて養成すればいいだろ、みたいな発想が抜け落ちてる。これ、一般社会でも最近ひどくて頭痛いんですが…
その辺まで見据えて発言してる藤子Fリスペクト!って事で今日は〆たいと思います。
2006年12月26日
クリエイターの原風景
なんだかいろいろと忙しくて、気持ちに余裕がないです。
しかも、近くにかまってくれる友人もいないものなので、気持ちの行き場がない状態というか。
ところでmixiでちょっと気になったのでちょっとメモっておこうかと。
最近はIT革命の影響で低コストで面白いものが作れるようになっている。
特にアジアでは、今までの文化では思いつかなかったようなものが見れるようになっている。
これは、ネット文化で、異文化間の敷居が低くなって家で気軽に異文化が楽しめるってのもあるが、体制側でもコントロールできないような新文化の波と思ってもいいかもしれない。
ところが、日本はその元気がないというのだ。なんかつまんないというか。
その原因として、幼少文化を占める漫画・ゲーム文化がクリエイターの足かせになってるのではっていうやつ。
幼少から、自己中心的な空想を満たす文化に浸ってるせいで、大人になってもその影響が残ってしまってるような気がする。
最近の児童絵画をみると漫画の影響が凄く強い。なんか漫画を見て自分や家族の顔をかいてる、そんな感じがするのだ。
それどころか中堅とかの美術学校でも萌えとか腐女子なイラストが大きく陣取ってるところもある。
実は正直これで萎えてしまって落ち込む時もあるんですが。
下手すると、街のギャルのほうがよほどクリエイティブじゃないかと思ってしまうくらい、芸術のオタク化はひどくなっている。
オタク、それ自体は私も好きだし、現にそれで飯を食おうとした時代もあるんで何もいわない。
問題は引き出しがその文化のせいで閉塞化してるのではないかっていうやつである。
前オタク世代の文化をコピーして、その再現能力で食えている人のいかに多い事か。
よく思うのは、昔の大御所の漫画家の引き出しの凄さである。
いろんな分野のネタを、娯楽に変換して画期的な表現をしていたものである。
漫画はかつて、新たな世界の窓口だった。
でもいまは、小さな世界の箱庭、それに過ぎない。
箱庭の中で、自分の小さな欲望をかなえる、そんなしょうもないもののいかに多い事か。
暇つぶしにすぎないのがわかってる、そんな文化が未来の為にいいわけがない。
なんかまとまりがなくなってきたので、ちょっとおいておくが、近年のおたく文化に対する違和感ってのはある。好きなだけに嫌な部分もみえてしまうってやつで。
2006年11月29日
ひりひりするリアルと見えない終末
今日は時間に空きがあったので、コンビニで時間つぶし。
そしたら、井上雄彦「リアル」と浦沢直樹「20世紀少年」という夢のような組み合わせが。
思わず読んでしまいました。
リアルのほうは、事前に5巻を一揆読みして、やっぱ井上雄彦すげーと再認識してた。
(どうも、「バガボンド」がつまらなくて終わったのかなと思った時代があったので)
なんつーのかな、男の生き様(障害あろうとなかろうと)がまざまざと見せられて、しかもダメなやつらの描写がこれでもか!これでもか!って描写されるの。
一番にこだわる高橋、自分の道を模索してもがいてる野宮、息子との距離がつかめない高橋父、障害者じゃないやつ(高橋は事故で障害者になったんだけど)むしろ障害者バスケにひたむきな戸川清春とカ長野が神のようにすら見える。
ようするに、自分が見えてないやつらの不条理やもがき、それでもゆずれないもの、そういう描写がとくいなんだなと髣髴させる。
(それでも、バガボンドは認めない)
なんか、こいつら抱きしめて許してあげてーみたいな母性本能がくすぐられた。
それくらい、男の描写にすぐれた作家だなと思ってる。
こっちはエンターティナー浦沢直樹の最新刊。待たせたなって感じだけど。 よんでて、あー壮大なギャグSFやりたかったのかなーと思う今日この頃。 ロック好きで好きで好きで、イマジンなんて本気で信じてて、でも汚い心がとれなくて… 一番きれいなのが一番汚くて、一番泥臭いことが実はきれいなんだよって壮大なネタ漫画にしたいのかなと思った。
年末から最終章とか言ってるけど、今回でもういいかなって感じ。
ともだちの正体しりたいようなバカはたぶん振り回されて終わるような気がするので、その怒りを見てみたいような気も。
絶対的な回答をほしがるものは何も得るものはない、そんな漫画のような気がする。

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