nagisanの記録

    2006年3月15日

    リリスについて

    リリスである。
    唐突かもしれないが、アダムの最初の妻にして、妖精や魔物たちの母とも言われる、リリスである。

    ヘブライの伝承によると、アダムは獣たちとの交合に飽きて、リリスと結婚したという。獣たちとの交合は、旧約聖書では罪と断定されているが(『申命記』第27章21節)、当時の中東の牧夫たちの間では、普通に行われている風習だった。アダムは力づくでリリスを自分の下に横たわらせ、男性優位の社会で良しとされている例の「宣教師流の体位」をとらせようとした。(中略)彼女はアダムの粗暴な性行為を冷笑し、アダムを罵り、彼のところから逃げ出して、紅海の近くに住みついてしまった。 神は、天使たちを派遣して、リリスを連れ戻そうとした。しかし、リリスは天使たちをも罵り、神の命令を無視して、「デーモンたち」と交合して時を過ごし(彼女にとっては、デーモンたちとの性交の方が楽しかったようである)、毎日100人の子供を生んだ。そのため神は、リリスの後がまとして、リスよりも従順なイヴEveを創り出さなければならなかった。

    反・ギリシア神話 リリス


    ともかく女性…いや、人間の奔放さを具現化したのが彼女である。
    人間と神と摂理と欲望と…そのアンバランスさが彼女を彼女至らしめたんだろうと思う。
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    2005年11月 8日

    悪魔がいるから神がいる

    パプリカ前回の小説の影響から筒井康隆つながりで「パプリカ」を読了。
    今まで後半の展開が怖くて全ては読んでなかったんですよ。なんだか、筒井さん本人も書いてる最中に白髪になるとか、脅威の無意識の領域に入って帰って来れないとか書いてあるもんだから、怖くてしょうがなかったんですよ。

    でも、逃げずに読んだら…やっぱりエンターティナーの人だこの人。

    確かに無意識の一番ヤバイ領域に入ってる感はある。この描写は分裂病(ゴメン、「統合失調症」でなくてこっちの表現を使う)の無意識の混沌すらきっちりと書いている。
    この描写は村上龍とか山田世紀も頑張って書いているが、エンターティーメントにかけるのはこの人だけだと思う。
    下手をすると、誰にも受け入れられない叫びに成り下がるところを、精神戦争というある意味漫画チックな展開に持っていっている。
    最後の敵(あえて名前は伏せておく、この人の人物像もまたネタバレの領域だからだ)との戦いは夢が現実を浸食できるという恐ろしい想像力を最大限に生かして、ヒロイン・パプリカのりりしくも美しい戦いをきっちりと書いている。無意識の戦いすなわち精神の戦いでありそのため精神状態を消耗し、終いには精神崩壊、そして脳の死へと至るのである。

    この人の有名な小説で「七瀬シリーズ」があるが、彼女の美しさはそれをはるかに上回り、そして有能である。これならノーベル賞をとってもおかしくは無いと思う。

    たぶん断筆宣言の裏には、こういう無意識からの圧力があったのかもしれないですね。
    まあ、間接的なものだと思いますがね。

    2005年10月21日

    歴史を隠匿された民族

    マンガ嫌韓流噂の「嫌韓流」読ませていただきました。
    思ったよりもマンガが理性的な考察で単なる「嫌韓厨」の書いたものと思っていた私は正直ビックリしてます。
    むしろ、あいだに挿入される解説文の方が思想的に偏っていると思うくらい丁寧にかかれてます。
    何よりビックリしたのは、日本併合前の朝鮮民族に自分たちの歴史観がすっぽり抜け落ちているということ。
    その場の感情しか物をいえない民族もなかなかないものです。正直、びっくり。
    民族の誇りをどうやら、豊臣秀吉の朝鮮出兵以来置いていったような気がします。
    なにか隠したい歴史が彼らの中にあるのでしょうか。
    それとも、いえない事情がどこかにあるのでしょうか。
    すぐに火病(要はヒステリーを起こすという意味ですな)を起こすのもなんか無意識でいえないことがあるのかもしれないですね。

    いまだに謝罪や賠償(しつこいなあと思います)など細かいところに気にする部分も世界観的に視野狭窄に陥った民族性を感じます。
    これはいろんな意味があるんで詳しくはいえないですがね。

    一番驚いたのは、ハングルがコンピュータ言語に近いという指摘。
    そういえば、プログラマに在日の人が多いのも納得します(個人的統計だけどな)。
    いわれてみれば納得かもしれないですね。
    音声そのものが、言語ってのはコンピューターの世界に通じるものがありますものね。
    コピー文化に関しては…日本だって他の文化をうまく取り入れて自分のものにしてるわけだから文句はいいません。
    まだ、出来が悪いなとは思うけどね。

    2005年10月20日

    私が宗教を信用できないわけ

    今日はネタがないのでコピペで勘弁して欲しいです。
    例のメンヘル踊り子に関する事です。

    http://diary.cururu.jp/nekovivi/20002703412
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    最初の頃、その周辺の人たちを見ていて思ったことは、何でこんなに無防備に彼女を信じて、彼女になけなしの金を与え、借用書も取らずに貸し、「貴女は悪くない」「がんばれ」といえるのかと言うことでした。

    それも一人ではない。

    リンクをたどって、彼女の友人の友人あたりまで覗いてみました。
    そこでも同じ事が行われている。

    「あれは貰ったものだ」
    「返すって言うから信じて貸した」

    そのお金が余っている物ではなく、一生懸命愛を貫こうとして、色々トラブルの果てに最後に手元に残った2万円だったり、身体を悪くして、心の病をおして稼いだ10万円だったり。

    その結果、どうなったか?
    たぶんその貸した時に、哀れみの心はありませんでしたか?
    私は今酷い目に遭っている、でももっと酷い人がいる。

    とても宗教的な美しい気持ちかも知れない。

    でもその結果、その借りた(貰った?)人は次々と借りれる人を探すようになったとはいえませんか?

    複数の被害者が、彼女の言動を変だと思い、それで起きたのがここの所のリアルとネットをシンクロさせた騒ぎですよね。

    宗教的な心で渡した物に今更執着するのはどうしてでしょう?

    心の中にあきらめという形で残っているのはどうしてでしょう?
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    私が宗教を信用できないのは、この自己の負の部分から目をそらして、自分の弱い自我を預けてしまう事にある。
    それは性欲、食欲、名誉欲…それらの欲望を宗教に預ける事で免罪符にしようとしてるよう気がします。
    とくに教祖と呼ばれる人の多くは、その欲望のやばさに気付くなく、自分の自我を増長をしている方が多い気がします。
    ま、一概には言えないですのであまり多くを語りませんが。

    自分は教組には向いてないな…と宗教関係の話はできないんてあまりやる気がないですね。


    2004年7月 3日

    生まれ変わる蝶とデカダンス

    メンヘルでも種類は色々あるもので、一進に治癒にはげむ方も言えば、ファッションの一種のごとく戯れる方もいるようで(かなり毒舌)
    そんな、悲劇のヒロインに向いているのが、パピヨン…蝶々なんでしょうね。おいら個人としては、燐紛が苦手で駄目なんですけど、さなぎから蝶になる瞬間は大好きですね。
    以前にも書いたような気もしますが、さなぎの際、中身は原型をとどめないくらいボロボロみたいで、一度解剖してみたいなと悪意を持ち出しています。

    しかし、デスノートのミサみたいにファッションとして楽しんでいるのが多いのかなと少しテンションダウン。
    武装錬金のパピヨンくらいの気概は持って悪役を演じて欲しいなあ‥とわがままですた。