nagisanの記録

    2006年5月13日

    嘘つきの時代

    最近、本業が忙しくて本なんて読んでいる暇なかったのだが、時間が空いたので図書館から本を借りた。
    最後の錬金術師カリオストロ伯爵
    「最後の錬金術師カリオストロ伯爵」(草
    想社)を読んで科学が世界の中心になる前の「嘘つきが世を支配する」時代を妄想した。今では漫画のネタにするのが精一杯な「錬金術」が世界を席捲していたそんな時代…そんな時代のカリスマだったのだ、錬金術師というのは。今で言えば、ITで世界支配するビルゲイツか(w)。
    秘密結社フリーメイソンともつながりがあり、上流社会で逞しく生きていく彼の姿は、本当に人間臭い。人間臭すぎて時の有名人プレーボーイ冒険家カサノバ、
    ロシアの女帝エカテリーナ、ドイツの詩人ゲーテ、果てには時の大権力者フランスのルイ16世の妬みや憎しみを買ってしまうほどだ。彼が本当に錬金術や交霊術を信じていたかどうかは、ちょっとわからない。これを信じる事は現代で科学を信じる事と同義だからだ。
    それよりも彼を通して透けて見える当時の人間達の思惑や感情…私はその辺に興味がある。

    2006年3月 3日

    記憶の不思議

    人間が過去を想起するとき、側頭葉で反応が起こると言われている。そしてモーリン博士は、この時、側頭葉内では想起という体験と共に、”追想体験” ― 過去における自己の感覚の追想 ― が発生すると仮定し、クロニック・デジャヴに悩まされる人は、脳におけるその部位が、異常に活発化しているか、或いは恒常的に機能しているため、実際には存在しない記憶を創り上げているという推測を行っている。そのため、実際には新たな経験であるにも関わらず、強い記憶の感覚が新たな経験と結びつけられ、一連の症状を引き起こしていると仮説しているのである。

    X51.ORG : すべてが過去になる ― クロニック・デジャヴとは

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    2005年11月 8日

    霊をめぐる解釈

    ゴーストには、恨みを含んで死んだとか、成仏できない悲しい事情があったとか、そういう南無阿弥陀仏な来歴がない。うっかり肉体と別れ別れになっただけで、しかも、本人はそのことをたいして気に病んでない。 だから、怖くない (ASAHIパソコン 価格BOMB!小田嶋 隆のコラムより)
    いま、ちょっと興味があってアーサー王関連の資料をあさっているところなんですが、これが雲をつかむような話で難航中。なにせ、この主人公たるはずアーサー王が霊みたいな存在でいなくなるから何処からが神話でどこからが物語で、どこまでが真実なのかがよく判らない。だから、登場人物も居るんだかいないんだかよく判らない始末。こいつらどこかで霊で居るんじゃないかと勘ぐることも。

    ああのっけから関係のない話でぶっ飛ばしましたよ。まあ、東洋には霊に関する研究がやたら進んでいたという話なんだけどね。陰陽道やら五行やら、お払いとかは中国や日本のほうが綿密かつ体系的に出来ている。西洋はなんだか魔術的要素が強いよね。何か迷信とか平気で信じ込んでしまうような空気があるよね。東洋って。西洋はその辺合理的主義というかなんというか。

    そういえばこのコラムでも言ってたけど、西洋人のホラーってゾンビとか狼男系の変身系かモノホンのシリアルキラー(つまり殺人鬼ね)のほうが怖いらしいとか。とにかく物質主義的というかなんというか。西洋人と話してても霊魂関係でかみ合わないという一説も交えてたりして。

    で、自分の一番の興味は「どうして西洋人は物質主義的になったのか」?
    錬金術の話とかもまるで物質的だし、戦争の武器の技術も基本的には西洋経由。
    どこかでその境界線が引けるのかなーと思ったら、やはりインドあたりでなにかカオス状態になるんだよね。
    シルクロードやローマ侵攻ライン、元の勢力とか考える要因はあるけど、考えが足りない部分がある。
    どうして、ここまで東洋は精神中心なんだろうか。死んだ事もイチイチ考えるのだろうか?
    どうして、ここまで文化の違いがすれ違ってるのかが現在の一番の興味ですね。

    2005年8月 6日

    私たちが広島に祈る理由(わけ)

    今日は広島に原爆が落とされて60年になります。
    それで平和に関して思う事をつらつらと。

    最近聞く言葉に「原爆のことばかりかまっておらずに、戦争に行ったおじいさんとかのことも考えてやれよ」という意見があります。
    確かに、戦争に行ったおじいちゃんも戦争と言う人間の業の被害者であり、考える余地はあると思います。

    しかし、原爆というのは平和を願う人間としてひとつのシンボルでもあります。
    それは「人間が自らを絶滅する事が出来ると言う恐ろしさ」をまじまじと教えてくれたことにあります。
    たった一つの爆弾で、人間の歴史を終わらせる事が出来る。
    たった一つの爆弾で、地球の歴史すら終わらせる事すら出来る。
    なんて恐ろしいものをつくったのか、と思いませんか?

    人間は歴史の中でたくさんの戦争をしています。
    最初の戦争はつまらない理由だったかも知れません。
    なぜなら「最初の戦争」の記録が残ってないからです。
    残すに足らない理由なのか、記録そのものがきえてしまったのか、それはわかりません。
    もしかして、勝った側が都合の悪い記録を残さないために消したのかもしれません。

    でも、そのころは自分達自身が消えるような武器は無かったと思います。
    技術も無かったし、何より崩壊の想像力が豊かだったからだと思います。
    崩壊の想像力を高める事によって、恐怖に怯え、自ら戒めをつくった、それが古代の生き方だと思います。

    しかし、時代は人間の生活範囲を広め、居場所を居心地良くしてきました。
    そのたびに衝突が起き、たくさんの血が流され、過ぎていきました。
    自分の勢力を広めようとやってきた戦争はやがて正義という名分を得、かつて戒めてきた楔を自らの手ではずそうとしています。
    その結果の一つが、60年前の広島、なのです。

    相手を傷つける事の代償、これを忘れたとき、人間には悲劇が起きます。
    さまざまな理由で人間は、簡単に人を傷つけようとします。
    時には、それが必要な場合もあるでしょう、記憶を残してほしいがために。
    しかし、それには代償が要ることを忘れてはいけないのです。
    想像力で自らを戒め、楔を打つ事。
    戦争うんぬん以前の、「平和に生きるためのたったひとつの冴えたやり方」を忘れないために私たちは祈っているのです。

    2005年7月18日

    「声」とかを「感じる」とき

    統合失調症になると、いろんな声を聞く。コレもそのひとつだ。

    テレパシー@私の妄想・私の聖域
    http://blog.livedoor.jp/mousou/archives/28239774.html

    この人の場合、その声を「無意識の声」と解釈し、自らの生活へフィードバックしようとしている。
    時代が時代なら、こういう「声を感じた」ものはシャーマンや魔女等の存在と認知され畏怖されただろう。
    確かに、「声を感じる」ことはあるはずなのだ。単に固い頭では聞こえないだけで。
    特に、耳に聞こえる事以外のことを聞く事は、科学的に証明できない現在、バカにされるか、精神科の門を叩くよう言われるのがオチになる。
    でも、本当に、そういう人が実在する以上しょうがない。

    たとえ、オカルト的で他者に理解されなくても…

    あんまり過信するのも問題だけど(正直神の言葉とかへ解釈するのは好きじゃない)、たまには「声を感じちゃって」もいいじゃないか、と思ってます。

    個人的には「おんな」の事を重点的に書いてあるのが、昔自分が「声を感じた」やつに似てて面白いんですが。
    やはり、男によって「おんな」は影響を受けやすいかと本能的に思いました。
    そこに根源的で現代社会が放置している問題があるなあ、と。
    声の存在が、身近でいそうでいないところも好感がもてます。

    「おんな」に関しては、ちょっと小説に反映したい部分でもあるので多くは語れませんが…